すなみちな日々。

すなみち@楽に生きる方法を模索中。2児の東京在住アラフォー・ワーキングマザー。仕事と家庭、自分の両立について綴ります

人にやさしい社会づくりが放置死を無くす

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また、子どもの放置死という悲しい事件が起きてしまいました(厚木市男児放置死事件)・・・。

子どもが死亡したのは7年前。両親は離婚しており、父親が引き取って育てていた。子どもの遺体が見つかったのは誰も住んでいないアパートの一室で、ごみの山の中に埋もれていたそうです。 戦時中でもないのに、蛍の墓の節子ちゃんよりも惨い子どもの死が、現代の日本で存在しているなんて。

子どもは小学校へ入学をしていなかったにも関わらず、その時には気づかれませんでした。当時、児童相談書が調査したものの、“子どもは妻と暮らしている”などの父親の嘘を真に受け、調査を打ち切ってしまったことも問題になっています。

こういう事件に対して、ネットでよく見かけるのが、「親になる覚悟がない奴は、子どもを産むな」とか、「母親はどうした?ちゃんと親の責任を果たすべき」という、事件の背景を個人の責任問題とする意見ですが、個人レベルの責任感ではどうしようもない事例の場合、やはり行政や制度の絶対的なセイフティネットが機能するしか方法はないように思います。 生殖という現象が性欲の先にある限り、無責任な妊娠や出産はこれからもなくならないと思うし、そもそもそれら全てがしっかりした責任感の元になされるのであれば、出生率は今よりもっともっと低いはず。“無責任な妊娠&出産”を非難することは、意味がありません。 それよりも、たとえ無責任な妊娠、無責任な親であっても、その痛みを引き受けるのが子どもでないように、支援する絶対的な社会的サポートが存在しているべきではないでしょうか。

今後、社会はますます行きづらい世の中になっていくような気がしています。 社会が「人に厳しい社会」である限り、こういった痛ましい事件はむしろ増えていくでしょう。

自分の税金が、こういった子どもたちを救うためであれば、いくら使われても構いません。 一方では少子化が叫ばれ、その一方では不遇な環境によって虐待され、失われる命がある。 環境によって人の生き死にが決定する世の中は、決して成熟した社会とは呼べない気がします。

今の政府が進めようとしている政策を見ていると、将来「人にやさしい社会」になるような予感が全くしないのですが、今後はますます「人に厳しい社会」化が進んでしまうのでしょうか?

自分さえ良ければいい、 自分のところは関係ないーーー そんな個人主義な考え方が、人に厳しい社会を作っているのでしょうか?

この問題に本気で取組まないと、いくら移民を日本に招き入れても、本質的な国民の幸福にはほど遠いように思います。